アーカイブ

民族のしらべを“滅菌”する

ヨナ抜き音階(長調)は「ドレミソラド」となります。民謡音階の「レミソラドレ(「ラドレミソラ」と言っても同じ)と同じ楽音構成ながら、テトラコルドは作らず(つまり核音に支配されず)、(和声の支配を受ける)西洋的な音の進行を可能にする。この点が、「ちょっと違う」の意味です。実はスコットランド民謡の(蛍の光)や(故郷の空)(♪「夕空晴れて……」大和田建樹作詞)も、基本的にドレミソラだけの音階でできていることを思うと、この「ちょっとの違い」というのが、実は相当大きな違いであることに気づくでしょう。

[参考サイト]
渡り廊下走り隊7 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/50376

GReeeeN 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/20040

KARA 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/3442

(蛍の光)や(故郷の空)も15音構成で日本の子供にも歌いやすいからという理由で『小学唱歌集』の初版に入っています。この時の唱歌導入の中心的推進者が音楽取調掛の伊沢修二という人でした。この人の作曲した歌の中に(紀元節1888)というのがあります。出だしのメロディはまるで越天楽。越天楽の持つみやびやかな感じをこめることを、作曲者は狙ったのでしょう。でもそれは唱歌の枠組みのなかでのモチーフにしかすぎません。「レレミレド」と終わるところは、ごくありふれた低学年向け唱歌です。雅楽のもつ、テンポを微妙にスローにしながらすり上がっていくような荘重感がないというのは、子供に歌わせる歌だから仕方ないとして、問題は愛国の歌であるのに、子供たちのわらべうたに備わった民族のしらべを“滅菌”してしまっているところにあります。(紀元節)は、その後半世紀以上にわたって日本のうたの主流の1本となる。疑似長調風無国籍単純音階”による1作です。作曲者を責めても仕方ありません。